高齢化社会に伴い、健康寿命に対する認識が高まっています。脊椎・脊髄の疾患では疼痛やシビレといった精神的な苦痛のみならず、上肢・下肢の運動機能が障害されるため、生活の質が著しく低下します。一方、脊椎・脊髄は非常にデリケートな組織であり、その治療には専門的な技量が要求されます。私ども整形外科脊椎班は、脳神経外科脊椎班と協力し、平成27年4月1日より開設された脊椎・脊髄センターとして診療を開始しております。また、側弯症外来は学生が多いことを考慮し、土曜日の午前中に行っております。
私どもが扱っている疾患は多岐にわたっており、頚椎から仙椎まで脊椎のすべての領域、またほぼ全ての脊椎・脊髄疾患(変性疾患、腫瘍、側弯症など)に対応しております。代表的な疾患の概略について呈示します。
上肢の疼痛や手足のしびれ、筋力低下や手の使いづらさ、歩行障害などが認められます。また排尿障害が生じることもあります。これらの症状は、脳疾患(脳梗塞、パーキンソン病など)、糖尿病、筋・神経疾患などでも生じることがあり、レントゲン、CT、MRI検査などを行い判断します。場合によっては神経内科、脳神経外科、ペインクリニックと連携して治療を行います。
椎間板が脊柱管内に突出し脊髄や神経の枝を圧迫する疾患です。頚部痛に加えて、上肢の痛みやしびれ、感覚障害、筋力低下(脱力)などの症状が出現します。首を後屈する(後ろにそらす)と症状が増強することがあります。 一般的に、数週間から数ヵ月で症状が軽減されることが多いので、治療は痛みやしびれを緩和する薬物療法や頚椎牽引などの理学療法、頚椎装具などを行います。
症状が強い場合は、点滴治療やブロック療法を行うこともあります。これらの保存治療で効果が得られない場合には手術が必要となります。
椎間板、頚椎(骨)、靱帯などの変性(加齢変化)によって脊柱管が狭くなり、脊髄が圧迫される疾患です。手足のしびれ、手指の動きがぎこちない(箸の使いづらさやボタンがかけづらい)、歩行障害(早く歩きづらい、転びやすい)などの症状が出現します。 保存治療が無効であることが多く、症状が進行するようであれば手術治療を検討する必要があります。
椎体の後方の靱帯が骨化し脊柱管を狭窄する疾患です。アジア人に多く、日本では1975年に厚生省の特定疾患に指定されました。 後縦靱帯骨化症の発生に遺伝的背景が関与していると考えられていますが、靱帯が骨化する原因はわかっていません。症状や治療法など大部分が頚椎症性脊髄症と共通します。
手術治療が必要となった場合には、疾患に応じて手術方法を選択しております。頚椎の手術としては、主には椎弓形成術(わが国で開発された術式)や変形、不安定性が強い場合などはインプラントを併用して手術を行い、良好な成績を認めております。
腰痛、下肢痛、下肢のしびれ、脱力などの症状が認められます。
椎体(骨)の間にある椎間板の線維輪に変性・断裂が生じ、髄核が突出した状態(ヘルニア)となり、突出した髄核により神経が圧迫されることにより症状が惹起されます。通常は保存治療で軽快することが多く、消炎鎮痛剤の投与や、仙骨硬膜外ブロックなどの保存治療を行っています。症状が残存する場合や麻痺が進行する場合には手術治療を考慮します。当院では経皮的内視鏡手術(PED)等の低侵襲手術を行なっています。
腰部脊柱管狭窄症は、神経の通り道である脊柱管が加齢変化によって狭くなり神経が圧迫されるために起こる疾患です。下肢の痺れや痛み、麻痺などの症状のほかに、間欠跛行(歩行をしていると徐々に症状が増悪し、歩行が困難になること)といった症状も出現します。神経の血流を改善させる内服薬や、消炎鎮痛剤の投与、仙骨硬膜外ブロックを行います。保存治療によって、症状が改善しない場合には、手術を考慮します。当院では内視鏡手術(MEL)や低侵襲脊椎固定術(MISt)を行なっています。
すべり症は加齢に伴い生じる事が多く、そのようなすべり症を変性すべり症といいます。すべり症の症状・治療はほぼ腰部脊柱管狭窄症の症状と同じですが、すべり症では脊椎が不安定となっていることが多く、手術の場合には脊椎固定術が選択されることが多くなります。当院では低侵襲脊椎固定術(MISt)を行なっています。
脊柱側弯症は回旋変形を伴う脊柱側方弯曲で、姿勢を正しても脊柱変形は消失しません。両脇線の左右非対称性、両肩や両肩甲骨の高さの左右差、また肋骨隆起や腰部隆起を認めれば側弯症の可能性が高いと言えます(図1)。
最も多いのは特発性側弯症(原因が解明されていない)といわれるもので、思春期側弯症は10歳以降に発症し、女子に多いと言われています。そのほか先天性側弯症、脊髄空洞症などの神経原性側弯症、筋ジストロフィーなどの筋原性側弯症、レックリングハウゼン氏病、マルファン症候群や代謝異常に伴う側弯症なども存在します。
多くは、早い時期に発見して治療を受ければ、進行を止められます。しかし、痛みなどの自覚症状がほとんどないので、発見が遅くなりがちです。側弯症では脊柱の弯曲が進行してしまうと、元には戻りません。したがって、弯曲が進行する前に診断し、早期に治療を開始することが大切です。思春期に30゜以上になった場合には進行する確率が75%、40゜以上であれば進行する確率が95%と言われています。
体的には、コブ角(弯曲)が25度〜40度の変形では装具療法が主体となります。当科では積極的に装具療法を行っており、数多くの経験から、出来るだけ装着しやすい装具になるよう工夫しております(図2)。
年齢や骨成熟度、進行のスピードなど考慮して総合的に判断する必要がありますが、コブ角が40−45度以上になると手術療法が必要になります。最近では手術法の進歩により、良好な矯正が得られるようになっております(図3、4)。
安全で最先端の医療を導入し、最小侵襲脊椎治療(MIST:minimally invasive spinal treatment)を積極的に行っております。以下に附属病院(本院)で行なっている代表的な治療を説明します。
画像診断の進歩やコンピューター支援手術の導入などにより、手術の安全性も向上しております。当院では、手術中にCTが撮影できる最新型real-time CT装置(Artis pheno/Siemens社製)(図1)を併設したロボティックアームハイブリッド手術室が2017年に日本で最初に導入されました。
側弯症手術や高難易度症例手術の際に、ロボティックアームハイブリッド手術室にて術中real-time CT装置と最新のナビゲーション装置(Curve/ブレインラボ株式会社)(図2)によるコンピューター支援手術を行い、脊髄モニタリング装置を用いて安全な手術を心がけております。
腰椎椎間板ヘルニアに対する低侵襲手術方法です。
専用の内視鏡を用いてヘルニアを摘出します。皮膚の傷は7~8mm程度で済み、身体へのダメージを最小限に留めながら手術を行ないます。手術後の痛みも軽く、術後2時間から歩行が可能となり、術後2日ほどで退院することができます。早期の社会復帰が可能であり、忙しい社会人の方でも安心して手術を受けられます。
骨粗鬆症などによって背骨が押しつぶされるように変形してしまう圧迫骨折は、保存的に治療することが多いのですが、痛みが続く場合などにはBKPが適応されます。この手術は専門のトレーニングを受けた医師が行う手技であり、約5mmの傷2つから細い針を骨折した椎体に挿入し、風船を膨らませ空間を作製した後に、セメントを注入して骨折部を安定化します。ほぼ出血の無い低侵襲な手術であり、術後即時の痛み軽減効果が得られることが特徴です。骨粗鬆症に伴う椎体骨折以外に、転移性脊椎腫瘍による椎体骨折も適応となります。
不安定性のある腰部脊柱管狭窄症に適応されます。対側の筋肉を温存しながら、片側より直接神経の圧迫を解除し、変性した椎間板を取り除いて自家骨とケージを挿入します。その後、われわれが考案した経皮的椎弓根スクリュー(PPS)専用プローブ/Jプローブ (田中医科器械製作所)を用いてPPSとロッドを経皮的に挿入し、インプラントを体内で組み立てます。大きく展開する従来法より、身体へのダメージや手術時間、出血量が少なくて済むのが特徴で、早期リハビリテーションや入院期間の短縮が可能となります。
経皮的椎弓根スクリューを使用したMIS-long fixationの利点は、最小限の展開で胸椎から骨盤に至る広範囲に、インプラントを設置できることです。従って、転移性脊椎腫瘍や感染性脊椎炎(化膿性脊椎炎/結核性脊椎炎)、骨脆弱性を伴わない椎体破裂骨折などが良い適応となります。更には、経皮的椎弓根スクリューシステムとPLIF/TILFやLateral Access Surgery (XLIF®/OLIF®、lateral corpectomy)などの側方進入椎体間固定術と組み合わせることにより、変性すべり症や変性側弯症および後弯症にも応用が可能となります。
側腹部から椎体へアプローチすることで骨や靱帯を傷つけることなく椎体間固定術が行えます。アプローチの際に大腰筋を経由するため、筋肉内に存在する神経を傷つけないように、神経モニタリングをすることで神経の損傷を回避します。本術式は低侵襲に脊椎の矯正固定を行う事ができるため非常に有効ですが、特有の手術合併症や注意事項があるため、海外でトレーニングを受けた限られた医師が、条件を満たした医療機関でのみ行うことのできる手術手技であり、この手術を行える施設は限られています。われわれは、LIFが本邦に導入された2013年より積極的に行っており、多くの経験を有し治療成績を学会等で報告してきました。現在では、他施設の脊椎外科医師に対するLIF指導も行っております。
骨折椎体の後弯変形が高度な場合や側方が圧潰している場合、骨欠損が大きい偽関節症例などでは、神経モニタリング下で経大腰筋的に行う長方形型拡張ケージを用いた側方進入椎体置換術がよい適応となります。後方アプローチなどの従来法では、椎体置換を行う場合には身体へのダメージが大きくなるため、基礎疾患の多い方や高齢の方では手術を受けること自体が難しい状況でありました。しかしながら、本術式は手術時間や術中出血量の低減化、入院期間の短縮を図れ、さらには直視下の側方アプローチにより、至適位置へのインプラントの設置が可能となり手術適応が広がっています。
本術式はLIFを応用した手術手技であり、LIFの十分な経験のある脊椎外科医が行うことが必須となります。
保存治療が効かない腰椎椎間板ヘルニアの治療は、多くは手術治療が選択されます(内視鏡など)。当院でも多くは手術治療を選択してきましたが、最近では、椎間板に経皮的にヘルニアの原因となる髄核を溶解する薬剤(コンドリアーゼ、製品名:ヘルニコア®)を注入する治療も積極的に行っております。
本治療は局所麻酔で行うことが可能であり、手術治療より低侵襲な治療が可能となります。
✳尚、本治療は2018年より承認されたものであり、治療の適応などには多少の限りがあります。ご希望される際には脊椎・脊髄センター外来医へご相談ください。
Virtual Reality(VR:仮想現実)、Mixed Reality(MR:複合現実)、Augmented Reality(AR:拡張現実)を駆使してメディカルスタッフや若手医師のトレーニングやカンファレンスを行ない、理解を深めてチームビルディングを行なっています。
硬膜外腔癒着剥離術の一つであるTSCP (Trans-Sacral Canal Plasty) は、最小侵襲脊椎治療 (MIST) 学会の分科会である脊柱管内治療 (Intra-Spinal Canal Treatment:ISCT) 研究会が提唱した、可動型硬膜外腔アクセスカテーテルを使用した新たな低侵襲脊柱管内治療であります。この手術手技は、2018年4月から硬膜外腔癒着剥離術 (K188-2) として保険適用となりました。局所麻酔下で、2.65㎜径の硬膜外腔アクセスカテーテルを用いて神経根や硬膜管周囲の癒着剥離を行います。腰部脊柱管狭窄症をはじめとするほぼすべての腰椎変性疾患による神経症状に対して適応があり、ブロック療法と観血的手術の中間に位置する治療方法です。手術歴の有無にかかわらず有効で、低侵襲脊椎手術を希望される患者や、脊椎手術歴による複数回手術例および合併症で全身麻酔下手術が困難な患者には特に良い適応となります。
硬膜外腔アクセスカテーテルを用いた硬膜外腔癒着剝離の様子。機械剝離および液性剥離を行う。
講師
篠原 光
助教
有村 大吾
助教
勝見 俊介
助教
小幡 新太郎
初診の方は、かかりつけ医療機関に紹介状の作成とFAX予約をご依頼いただくとスムーズな受診が可能となります。
なお、再診に関しましては予約制となっております。