ごあいさつ
第7代の講座担当教授を拝命した斎藤充と申します。当講座は、大正11年1月(1922年)に我が国で5番目、私学では最初に誕生した整形外科の臨床講座であり、2022年には開講100周年を迎えます。
2020年4月1日現在、現役教室員128名、同窓467名を数え、現役、同窓が一体となって新しい講座の歴史を築いてまいります。
当講座は、建学の精神である「患者さん本位の診療を行う」ことを基本とし、「優れた知識と技術」と「医の心」をあわせ持った医師の育成に情熱を注いできました。
「何かおかしいは、絶対におかしい、立ち止まって熟考せよ」これは私の師が常に口にした言葉です。
日々の診療の中で沸き上がる疑問こそ「エビデンスの芽」です。その疑問を通り過ぎることなく、普遍的なものか検証し、その成果を世界に発信することが「新たなエビデンス」を生むことになります。そして、論文として世界に発信することで、「私も何かおかしいと思っていたのです」と相次いで追試を受けるきっかけができます。不偏性が検証されれば、診療指針ともなる診療ガイドラインにも掲載され、多くの医師の前に座る患者さんを救うことができます。当講座発の世界初の概念である「骨粗鬆症は骨密度だけではなく、骨質(骨の素材)が大切」という一連の研究成果は、国際ジャーナルであるOsteoporosis Internationalの招待総説として世界に発信しました。その後。本論文はOsteoporosis Internationalに掲載された論文の中で、世界で最も引用されたトップ5論文賞を2期連続(のべ6年間の集計)で受賞しています。また、本邦の診療ガイドラインの作成、改定にも携わり「慈恵医大・整形発の世界初」の概念を一般診療へ役立つものにいたしました。
「何かおかしい?」に気が付くためには、何より一人一人の患者さんに真摯に接することが全てです。データだけを眺めている、また動物実験だけを行っている医師や研究者は、そのようなエビデンスの芽に気が付くことはできません。
William Osler先生は, "Listen to your patient, he is telling you the diagnosis”と述べています。五感をフル稼働させて、蓄積される知識と経験、そこで得られた「何かおかしい」という気持ちを大切にしながら、臨床と基礎研究を両立することで得られる医師としての誇りを、若い整形外科医に伝承していくことが大切であると考えています。講座の歴史100年の一日一日が、その積み重ねであり、そして明日からの一日一日が新たな「慈恵医大・整形発の世界初」を生み出すスタートになります。
歴史や伝統にしがみついていても医学の進歩に貢献できません。また、整形外科学講座の発展もありません。講座のメンバーの一人一人の長所を育み、5年後、10年後を見据えた教育・臨床・研究を行うことが講座担当教授である私に託された使命であります。
そして、日々の積み重ねこそが「自分の目の前の患者さんだけではなく、世界の医師の前に座る患者さんをも救う研究や診療を築き上げる「変革」へとつながると信じています。
当大学は、学祖高木兼寛先生の理念である「患者さんを中心とした医療」を提供する医療人の育成を基調としてきました。この基本理念を理解した上で、生涯を通じて教育を行うことが必要と考えていますし、私自身がそのような教育を受けてきました。個々が慈恵医大の医師であることを誇りに思い、その気持ちを教え授けていくことが大切であると考えています。
慈恵医大医学部における教育カリキュラムは常に新しいものを取り入れており、高いレベルの医療知識を獲得することが可能と考えています。
すぐれた教育システムに加えて、学生に接する一人一人の医師、コメディカルのスタッフが、慈恵医大の看板の一躍を担うものとして、胸を張り、プロフェッショナルとして輝いていることが大切と考えています。学生時代、そして卒業してから今日に至るまで、そうした気概を持ち合わせた大学スタッフと日々接し、お互いのプロフェッショナルを尊重し、同じ方向を向いて患者さんのために働いてきたことは、かけがえのない宝です。
その経験から教育に気概をもった教室員の育成にも力を注ぐ必要があります。自分の学生時代を振り返ってみても、現在の学生と接しましても「横並びにいられれば良い」という空気が少なからず流れていると感じます。一方で、一人でも頑張りだすと最初は「何あいつ目立ちゃって」と思っていた者も、それが一人増え、二人増えとなると、「俺も私も!」とスイッチが入り、本来持ち合わせている能力を大きく開花させる若手を数多くみてきました。卒前教育の中で教育に携わる側のスタッフが「慈恵人であることの誇り、慈恵らしい医療人として働くことの素晴らしさ」を持ち合わせれば、学生の「やる気スイッチ」を少しでも早くオンにできると考えています。
当講座は、例年数多くの他大学出身者も入局しています。出身大学に分け隔て無く臨床経験を積めるような研修システムを構築しています。何より大切にしてきたことは、一人一人の「やりたいこと、興味のあること」を把握することと、その「やる気」を推進するため必要な環境を整えることであります。後期研修では、日本整形外科学会の専門医カリキュラムに準拠したローテション制をとっています。整形外科の診療は専門性が高まり、一人で全ての整形外科的治療を完結することは難しい時代となりました。このため附属4病院および関連病院には各分野のスペシャリストを配置し、全ての領域を履修できるようにしています。
さらに、各附属病院では得意分野をさらに強化し、専門性の高い医療を提供できる「独自性」を持たせています。このような人員配置は、それぞれの地域での医療貢献という観点からも有用です。また、ローテションする医師にとりましても、ベースとなる医療知識と技術を広く学べるのと同時に、専門性の高い医療に接するチャンスでもあり、将来すすむべき姿を考える上で大切な研修期間になると考えています。子は親の背中を見て育つと思っています。個々の病院で、個性あふれる医師達の誇らしげな姿を目の当たりにすることで、自分が何をすべきか、そして患者さんのためにすべきことは何かを感じてもらいたいと考えています。
患者中心の医療という基本理念のもと、若手の「やる気スイッチ」を探し当て、そのスイッチを入れてあげることが、教育する立場である我々の使命と考えています。こうした精神のもと教室員は若手を指導しており、卒後年数にかかわらず、研究や臨床研鑽のための武者修行を希望するものが増え、実績を残してきました。講座員のこうした姿勢は、附属病院のみならず関連病院にも浸透しているため、関連病院を経由して入局する医師も多いことは特筆すべきことであります。
診療面では、新生児から高齢者までのあらゆる年齢層の運動器疾患および外傷を扱っています。その診療には専門性が必要とされるため、10の専門班(膝、股、脊椎、肩、足、手、外傷、リウマチ、骨代謝、腫瘍)とスポーツ・ウェルネスクリニックに責任者をおき、その指導の下に診療を行っています。また、大学附属4病院以外の関連病院(国立病院、市立病院など)にも客員教授を配置し、その指導の下、専門医を含めた4〜7人体制で診療、若手の教育と診療を行っています。
対象疾患は、高齢者のみならず、幼児からプロスポーツ選手の保存療法から手術治療まで専門性の高い医療を提供してます。2018年度の手術件数は、本院(大学附属病院:新橋)で1398件、附属の関連病院をあわせると3729件と、大学病院の整形外科学講座としては有数の症例数を誇ります。附属病院に勤務するレジデントは、連日行われる外傷の術者として経験豊かな上司とともに担当し、臨床経験を積むことができます。
また、人生100年時代を迎え、変形性膝関節症や股関節症、そして脊椎疾患(脊柱管狭窄症、側弯症、後弯症、骨粗鬆症性圧迫骨折)の手術治療が近年著しく増加しています。特に当講座では、大学病院という特性上、高齢(80歳上)、内科的合併症(糖尿病、腎不全、心疾患など)を抱え手術の際にはハイリスクとなる方々をご紹介頂き、健康寿命の延伸を合い言葉に日々、外来、手術に取り組んでいます。特に本院(大学附属病院:新橋)の特徴として、70歳〜90歳代まで変形性膝関節症に対する両側同時人工関節を年間50―70例行い、片側人工膝関節置換術を含めると、年間190〜210件の手術を行っていることがあげられます。また、人工股関節術(200件以上/年)や股関節鏡、脊椎疾患の手術においては他施設から手術見学者を受け入れる研修施設として指導的立場にもあります。
10年後も100年後も、Evidence-based medicine(EBM:科学的根拠に基づく医療)を軸とした医療が中心となることは言うまでもありません。しかし、そのエビデンスに翻弄され、Sackettらの提唱した本来のEBMから逸脱している場面に頻繁に遭遇します。エビデンスは常に暫定的であり、「過去の当たり前は今の非常識」となることは臨床でも経験するところです。このため、ガイドラインは一定の周期で改訂されます。
Sackettらの提唱したEBMとは、最新のエビデンス論文を熟知することに加えて、医師のエキスパートオピニオン(経験的知識)および患者さんによる治療の選択、この3点を満たす医療が「本来のEBM」の考え方です。
“EBM is not “cookbook”medicine. It’s about integrating individual clinical expertise and the best external evidence”。Sackett の思いがこの一文に込められています。
医師自身が考える治療法が診療ガイドラインの推奨とは外れたとしても、それを説得できる十分な論拠があれば治療に幅を持たせることは可能です。ガイドライン通りに医療をすればよいのであれば、医師の資格をとらなくても、本を読めれば医療ができてしまいます。
医師として誇りを持てるのはなぜか。最新のエビデンスを熟知したうえで、自らの医療知識そして技術をもって、目の前の患者さんの人生を晴れやかなものにする役割の一端を担えることに他ならないと思います。こうした考えのもと、卒前、卒後教育、診療、研究を行い、医療の進歩に貢献していきたいと思います。
そして、当講座は、伝統にあぐらをかくことなく、脈々と受けつがれる基本理念を継承するのと同時に、新たな歴史を作り上げてまいります。そのためにも、自らを律して背中を見せることが、講座担当者の責務と考えています。